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The Moonスタッフよりオススメのインテリアや日々のあれこれ

アンティーク照明の修理実例です。(2020-2-21)

最近の修理実例です。(2020-2-21up)

 

 
お問い合せ内容 :
1、スイッチ部分不良→ 直結にして、外付けのSWで点滅(現在そうなっています)
2、ソケットをスクリュータイプに替えたい。

 
コードの劣化も激しく、海外球用のソケットでした。

 

ソケット・コード・スイッチの交換 
E17ソケットを使用・オリジナルのスイッチはダミーとして残しました。

 
 
 

お問い合せ内容 :
電源のプラグから線を全部変えて電気がつくように修理をお願いしたい。

 

 

海外球用のソケットがついていました。
E17ソケットに交換しようとしましたが
構造的に無理であるため、オリジナルソケットを
クリンナップして使用しました。
コード・スイッチは交換しました。

 
 
 


↑↑↑ こちらにアンティーク・ヴィンテージ照明 修理&買取の詳細があります。
ぜひご覧ください。

アンティーク照明の修理実例です。(2020-1-16)

最近の修理実例です。(2020-1-16up)

 

 
お問い合せ内容 :
リヤドロ製、USB充電式のテーブルランプです。
USB充電ポート部が外れてきてしまい、断線したような状況になってしまいました。
リヤドロ社では、陶器部分の修復は行うようなのですが、電気系統の修理は行っていないとのこと、かつ並行輸入のお店で購入したため、交換の対象にもならないとのことでした。
どのようなUSB充電には拘りませんので、何らかの形で再びランプとして使用できるようにすることはできないかと思い問い合わせを致しました。

 

 

USBポートの交換と内部基盤の点検。幸いに基盤には問題ありませんでした。

 
 
 

お問い合せ内容 :
(1)アンティークランプのスタンドとシェードのつなぎ目が取れたのでその修理とコード、コンセントの交換。
(2)スタンドのコードコンセントを日本仕様に交換

以上2点の修理お願いできますか?

 


 

2点とも海外のパーツがついていました。
国内安全規格に適合するパーツに交換に交換しました。

 
 
 

最近の買取商品のご紹介です。

 

 
 
 


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アンティーク照明の修理実例です。(2019-11-26)

【アンティーク照明の修理実例です。(2019-11-26)】

 

最近の修理実例です。(2019-11-26up)

 

 
A)
20数年前にご購入された、ステンドガラスランプ
大変お気に入りだったのですが、シェードを何度の回しているうちに、ぐらぐらになってきたため、とりあえずガムテープで止めて使用していたそうです。
その後、不点灯となり、何店かの電器屋さんに問い合わせてみたものの、修理不可 と言われたそうです。
アンティークディーラーズクラブクラブの事を知り、お問い合わせて頂きました。

 

 
after
拝見すると、内部ネジの破損と、コードの断線。
無事に修理完了。以前と同じようにお使いになれます。
大変、喜んで頂きました。
良かったです。

 
 
 

 
 
 
B)

 
不点灯になったまま長期間放置してあったそうです。
修理のご依頼を頂きました。
海外のソケット・ボロボロのコード・スイッチ交換。
復活しました。

 
 
 

 
 
 
C)

 
不点灯なまま長期間放置。
捨てるのは忍びないとのことで、修理ご依頼。
ソケット・コード・スイッチ交換。
再び活躍。

 
 
 

 
 
 


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アンティーク照明の修理実例です。(2019-10-28)

【アンティーク照明の修理実例です。(2019-10-28)】

 

最近の修理実例です。(2019-10-28up)

 

 
A)
before
ご依頼者様が幼少期から日々目にして来た照明2点
10年ほど前に他界されたお母さまが大切にされていた品。
「その頃にはすでに、不点灯になっておりました。。
しかも、紙製のシェードもあちらこちらか損して
アンティークディーラーズクラブの事をネットで知り、問合せしました。
電気系統とシェードの修復をお願いしたい。」
 

 
after
コード・ソケットなどの交換は問題ありませんが、シェードのの修復は出来ません。又、コチラのシェードに使用されている
紙は、すでに生産中止となっています。職人さんと相談して、これに一番近い雰囲気の明かりがともる素材を探し貰い、
ご提案したところ、その素材でのシェード製作のご依頼を頂きました。金具等は、錆が出てはいますが、オリジナルであるため
あえて、使用しました。
修理費用も日数もかかりましたが、大変ご満足していただけました。

 
 
 

 
 
 
B)

 
ガレの照明3点 国内安全規格に適合するパーツに交換。
ガレの4灯シャンデリアも同時にパーツ交換しましたが、コチラは画像が
ありません。

 
 
 

 
 
 
C)
before
ご自宅のリフォームの際に以前から使用していたウォールライトをそのまま使用したい
のですが、現在不点灯。一度、近所の電器屋さんに修理した貰ったが1年位で付かなくなった
との事。

 

 
お預かりして、分解してみたところ、内部パーツが破損してました。コード・ソケットも交換。
その後、現在は点灯しているがコチラもパーツ交換をお願いしますと、他のウォールライト
のですが、現在不点灯。一度、近所の電器屋さんに修理した貰ったが1年位で付かなくなった修理ご依頼も頂きました。
リフォームや新築時に、慣れ久しんだ照明をお使いになられたいとのご要望が増えてきています。

 
 
 

 
 
 


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西洋骨董*買い付け*見聞録*18

とは言え、元来、運が良くツキがある私は、まあ大丈夫だろうと思いながらぶらぶらと歩くことにした。運が良いと思うのにもそれなりの根拠があった。シドニーで一人で暮らしていた頃、持ち金と、巨大トラックからの荷下ろしの仕事をたまに行っていたので、とりあえず食える状態であったが、プロレスラー並みのオージーに混じっての仕事はきつかった。そして、「ユ ア ファイアー!」
 
 
しかも、1982年 オーストラリアは5万人の移民を受け入れたのだ(正確な数字ではないが)。ジョブセンターに行っても仕事はなく、金もどんどんなくなり、2週間程、冷凍野菜(人参・コーン・インゲンをカットした一応食品。当時1Kgで1ドル位 )と卵を1日2食としていたが、とうとう1週間分の家賃35ドルを支払うと残り5ドルという状況になってしまったのだ。しかし、自分は 運が良くツキがある と妄信している私はその5ドル札を握りしめてスーパーに行き、買える限りのオージービーフを買った。
 
 
はっきり覚えていないが、おそらく700~800gぐらいだったと思う。そして、全て食べた。
そして、いざ! ジョブセンターへ。
 
 
いつものように求人カードが貼ってあるボードの前に行くと、やはりカードはほとんどない。その時、後ろから Yoshi と呼ばれたので振り向くと、何故か私に対してとても親切な ゲイのジョブセンター職員 が手招きをしている。
 
 
行ってみると、「まだカードにしていない入ったばかりの仕事あるわよ。フレンチレストランのキッチンマン。どう? やる? 電話しようか?」 「オフコース プリーズ」
そして彼は電話をした 「日本人ですけど英語ペラペラ。レストランでの経験もあります。
はい。では、すぐに行かせます。」「OKよ。直ぐに面接してくれるそうよ」と住所を書いた紙を渡された。
英語ヘラヘラだし、スカイラークで皿洗いしかしたことないし。
 
 
「頑張ってね」と 投げキッスだ! 何故こんなに親切なのだろうと思いながら、住所のノースシドニーへ。
Tower French に入り面接の件をスタッフに伝えると、すぐにオーナーが出てきて「私は、ハッセン」「Yoshi です」「OK」と言うなりエプロンを渡された。
キッチンに連れていかれて、シェフと他のクックを紹介され「シェフの指示に従って」と。
いきなり ジョブ ゲット!ランチタイム終了後、いわゆる マカナイタイム。 176bmおそらく60kgあるかないかの私は、金なく・食えなく・栄養失調と思われたのであろう、「食え食え」と、その後食に困る事は無かった。当時のオーストラリアドルは275円だったので約1400円のオージービーフの御かげか・投げキッス の御かげか?
 
 
と運とツキのある私にとっては、見渡す限り動くものがなく、音といえば、風の音と チーと鳴きながら飛ぶ虫の声だけの砂漠の景色がとても穏やかに感じられた。
*チーの虫の事は後記にて。
 
 
そんなこんなで、ぶらぶらすること1時間。何気なく振り向くと、
陽炎の中に1台の車の姿が。音はまだ聞こえない。しばらく見ているとやっと音が聞こえてきた。よっしゃ!と見つめている中、車がドンドン近づき、そして、止まった。
「やっぱり。俺。持ってる!」
 
 

続く

西洋骨董*買い付け*見聞録*17

私も、多分に漏れず、ヒッチハイクで旅をした。それほど長い期間ではなかった。
2か月である。シドニーからケアンズの少し上にある ポートダグラス という小さな港町までの往復6000km位。日本列島が約3000km。その時の事を少し書いてみよう。
 
 

ヒッチハイクと言っても、バスや電車にも乗ったし、キャンプだけでなく、ユースホステルにも泊まった。ただ、ユースホステルは、あまり居心地が良くなく、主にキャンプ場を利用した。ユースホステルでは、英語圏の白人であるカナダ人やアメリカ人がグループを作り大騒ぎしていて、英語圏でない白人や東洋人はあまり楽しくない状況であったのだ。
何処かで会ったあまり英語が話せないヨーロッパ人が、「2度とユースホステルには泊まらない」と言っていたことを覚えている。
 
 
ブリスベンから北に向かっていた。ブリスベンからの距離はあまり覚えていない、おそらく200~300km位の場所であったと思う。すでに夕方4時頃だったが、砂漠の中の左右分かれ道で降ろされてしまい、挙句の果て、見渡す限り車が見えない。クインズランド州はヒッチハイク禁止の為、たまに通るトラックは乗せてくれない。私の行きたい方向は右であったが、別に左でも良い事は良いので、ここで待つか、右に歩くかの選択に迫られていた。
 
 
歩くことにした。特別な理由はない。1時間ぐらい歩いたところで見つけた、標識には次の町までの距離 100km 。ガ~ン! 100km 歩くと何時間?42.195km普通の人が走ると? 5時間?6時間?では、歩くと?野宿だ。ディンゴ(オーストラリアの野生の犬)・毒蛇・毒クモ・よく見かける1メートル位のトカゲ。映像が頭を駆けめっぐった。
ココでの野宿は。ヤバ!!
 
 

続く

西洋骨董*買い付け*見聞録*16

前回のジャズクラブにまつわる面白いエピソードがまだある。
 
 
ベイスメントを出た後、一人だけ方向が違う私は、ボスからタクシー代を貰いタクシーで帰る。スティーブはバイク。かなり酔っているので誰も後ろに乗らない。残りの2~3人は方向が同じなので、これまたかなり酔っ払ったボスが1人づつ家まで送るのだ。
ある日、ボスが私にこう言ったのである。 
 
「Yoshi 車運転できるだろ。日本のライセンス持ってるだろ。」
「YES」 
 
「では、来週にでも俺と一緒にシドニー警察署に行こう」
「Why」 
 
「署長と俺は、友人なんだ。昨日、一緒にゴルフをしたときに聞いてみたんだよ。運転免許証の事。お前の。そうしたら、連れてこいと言うんだ。パスポート持って。直ぐに発行してくれるそうだ。オーストラリアの運転免許証。試験も無だぞ。やったなお前」
「What‼」
 
国際免許もってるし。いらん。
ベイスメント の帰りの運転手にしようとしているのは見え見えだ。どの様な理由を付けたかは記憶にないが、その後、のらりくらりとかわし続け、タクシー代をありがたく頂くことはその後も変わらずであった。
それにしても、コレ合法 。現在は知らんが、当時は、ランチタイムになると、サイレンを響かせて走る消防車やパトカーがそこらじゅうを走っていたので。おそらく グレー!
 
 
私の休みは、日曜日と月曜日。日曜日は、グレッグ達も休みなので、皆で海に行ったり、バーベキュをしたり、テキーラのボトルが空になるまで回し飲みをしたり。まさに、アホ・ボケ・マヌケ。
月曜日は、同じく月曜日休みのアートが誘いに来て、ボンダイビーチに面したパブでビール&プール(ビリヤード)。
パブなどでビリヤードをやる場合、台が空いていれば問題なくコインを入れて球を出し始める。しかし、誰かがプレー中の場合は、まず、コイン挿入口付近にコインを置く→ プレーが終わる → 彼らがまだ続けたい場合 → コインを入れる → ダブルスを行う → 勝った方が続行 → 負けた方がビールを奢り退場。私とアートはどうだったのだろう?奢る時の方が多かったのだろうか。記憶があいまいだ。私には、ネガティブな記憶を消し去る 特技があるので・・・・。
 
 
夕方から英語クラスでみっちり3時間。(中学や高校でもあの様な授業してほしかった。)英語クラスに来ている移民の中には、共産圏からの亡命者もおおくいた。
ロシア・ポーランド・ベトナム・シリア・・・・。そのほかにも、ドイツ・タイ・エジプト等々、でも、休み時間は、それとなく アジア・中東・ドイツ・東ヨーロッパのグループに分かれてコーヒーを飲みながら話をしていた。しかし、中東は2~3グループに分かれていたように思う。その頃は、よく分からなかったが スンニ派・シーア派等だったのであろう。又、アジアは3グループ 私を含め3~4人の日本人・マレーシア人・インドネシア人・タイ人・香港人のグループとベトナム人のグループ・中国人のグループ。
ドイツ人もドイツ人だけだったと思う。東ヨーロッパの人たちはどうだっただろうか?
ただ、暗い表情で小声で話していたことしか覚えていない。
 
このクラスで知り合った インドネシア人とマレーシア人とはよく一緒に釣りに行ったものだ。
 
1982年  自分がアジア人であること を自覚
 
 
続く

西洋骨董*買い付け*見聞録*15

永らくお休みを頂いておりました、店主ブログ 再開することにしました。
私の 店主ブログ のファンと称する方から、下記の様な激励を頂き、まさに背中を押されるように再開に至ったわけです。
 
 
ファンの方からの激励文
「ワレ。何さらしとんじゃ!わしはな、ワレのブログのファンや。前のから随分間あかしとるやん?早う次書かんかい! アホ・ボケ   よろしゅうな。熱烈なファンより。」
 
という事で、震える手でキーボードをたたいております。
 
 
買付け談話に少し飽きてきたと思いますので、今回から数回は、私がシドニーでぶらぶらしていた頃の 見聞録 となります。
 
1982年 私は、シドニーのボンダイビーチから丘上に伸びるフランシスSTにカナダ人のグレッグ・同じくカナダ人デイブとニュージーランド人デビーのカップル・そして私の4人でシェアをしていた。ボンダイビーチまでは歩いて1分位。サーファーとまではいかない私とデイブも波の低い日は、波乗りをしたりもしていた。(波の高い日はロコのサーファーから今日はお前たちには危険だと言われ、入らせてもらえなかった。おそらく 邪魔という事だろう。)
 
職場は、ノースシドニーに在った タワーフレンチ。ボンダイビーチ沿いのバス停から バスに乗り、ボンダイジャンクション➡ピットストリート➡ノースシドニー。
11AM~11PM 完全なブラック!とはいえ、飲食は自由(11PMにはスタッフ全員が出来上がっていた)。3PM~7PMは自由なので、YMCのジムに行ったり、ヨガ・英語クラス(移民用なので無料、移民でもないのに何故入れたのか?記憶なし)。にも通っていた。
 
又、土曜日の閉店後は、ボス・スタッフ数名・スタッフの友人でシドニーのハーバー近くの倉庫街にあった ベイスメント という洒落たジャズクラブにボスの車とスティーブのバイク2人乗りで繰り出すというのが何となくの決まりであった。ボスの奢りは勿論、帰りのタクシー代まで出してくれるという大判振る舞い。まあ。意外とホワイトか!
 
このジャズクラブは、当時としてはかなりクールだった。外見はぼろい倉庫、入り口も普通の鉄扉。鉄扉を開けると、ゴリラの様なセキュリティスタッフがいてその奥にこれまた小さな、受付。入場料を払いその奥にあるやはり鉄扉から店内に入る。店内は2フロアで2階は食事メイン、1階はバーメイン。ステージは1階にあり2階からも見えるようになっていたと記憶する。タワーフレンチに以前いたスタッフが、何故だかはわからないが、この店では いわゆる 顔 であったので、我々も入場料無料・常に良い席を確保してもらっていた。
 
今思い出すと 何故 となってしまう。いつも好待遇の私たちに興味を持ったのか?
 
店の看板シンガーである ココ(ニューヨークから来ていた黒人ジャズシンガー)がステージの合間に、我々のテーブルに来て一緒に酒を飲むという事も。度々あった。
 
東京に興味があるというココが東京や日本の事を、私に尋ねてくることもよくあったが、ココの英語は非常にアクセントが強く、私の英語力では、ほぼ理解できず、英語はネイティブに話せるはずのボス(フランス人)に 「なんだって?」と聞いてはみたものの「俺にもわからん」であった。その場合、オージーのスティーブかダイアナが 通訳? をしてくれた。
英語➡英語 ややこしい。
 
 
続く

アンティーク照明の修理実例です。(2019-08-16)

【アンティーク照明の修理実例です。(2019-08-16)】

 

最近の修理実例です。(2019-08-16up)

 

 
A)
before

 
トルコ旅行中に購入されたトルコランプ。
国内安全規格に適合するパーツに交換のご依頼です。

 
after

 

電球ソケット・プラグ・コード・スイッチ交換
旅の思い出が蘇りました。

 
 
 

 
 
 
B)
before

 
海外在住時に使用されていたそうですが、
配線もボロボロソケット内もさび付いて現在は使用できない状態。
使用できるようにとのご依頼。

 
after

 
電球ソケット部分でのスイッチON/OFFは出来なくなるので、中間スイッチを付けましたが、
デザイン上、電球ソケット部分のスイッチを外すわけにはいかないので、
ネック内部でねじ止めしてダミースイッチとしました。
技術担当者「結構大変だった」
ご依頼主にも、大変喜んでいただきました。

 
 
 

 
 
 
C)
before

 
10年前にアンティークショップで購入された、お気に入りのランプ。
スイッチが破損。
この機会に、コードも交換してほしいとのご依頼。

 
after

 
電球ソケット部分は、B22(主に海外での使用)。
勿論、国内安全規格には適合していないため
国内規格のE17に交換をお勧めしましたが、
不具合が無ければ、このパーツを使用したいとのご希望。
安全性に不安がある旨をご説明・ご納得いただき、
通電検査・パーツ内部のメンテナンスを
施し、B22のままでの使用となりました。
コード・中間スイッチは交換。

 
 
 

 
 
 


↑↑↑ こちらにアンティーク・ヴィンテージ照明 修理&買取の詳細があります。
ぜひご覧ください。

アンティーク家具などの修理も行っています。(2019-07-18)

【アンティーク家具の修理実例です。(2019-07-18)】

 
 
最近の修理実例です。(2019-07-18up)
(1枚目が修理前、2枚目が修理後です)
 
 

1:スペインのとても古いテーブル天板の穴埋め修理

 
 
2:リプロダクションのローテーブル塗り直し(薄緑色のものを上品な白色に塗り直し)

 
 
3:ダイニングチェアの木部修理と座の張り直し

 
 
4:イギリスのグレーチングの錆落としと仕上げ

 
 
5:ヴィクトリアンチェアの背もたれの折れ修理

 
 
6:イタリアンサイドボードの鍵穴周辺の修理

 
 
7:グランドマザークロックのガラス修理

 
 
8:和ダンスの仕上げ修理

 
 
9:フランスの建具修理

 
 
10:人形の脚の製作と仕上げ


 
 

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